SBTi基準の全体像と更新状況の整理
目次
SBTi企業ネットゼロ基準V2.0(案)の連載記事では、これまでに「改訂の背景と全体像」「改訂の詳細」「移行期間・既存目標の扱いと企業が今取るべき対応」について解説しました。ネットゼロ基準以外にも、現在SBTiでは複数の基準が改訂・新規開発のプロセスにあり、企業に求められる要件は広がり続けています。本稿は、SBTi基準の全体像を整理し、最新の更新・策定状況をまとめます。
国際基準とSBTiの改訂ルール
まずご認識いただきたいのは、GHGプロトコルやIFRSのS1/S2基準など、国際的な枠組みは「一度策定したら終わり」ではないという点です。企業の適用状況や国際的な科学的知見の進展に応じて、定期的に見直しが行われます。SBTi基準も例外ではなく、標準業務手続き(SBTi-Procedure-for-Development-of-Standards.pdf) に基づいて、改訂・新規策定のルールが定められています。
- 定期改訂:原則5年以内(最短1年)ごとに見直し。GHGプロトコルやIPCCの更新といった特別な事情がある場合には、通常サイクル外での改訂も可能。
- 改訂プロセス:プロジェクトリクエスト → 調査・草案作成 → 公開コンサルテーション → パイロットテスト → 最終承認 → 公表・実装という流れで進行。
この仕組みにより、SBTiの基準は「一度策定したら終わり」ではなく、科学の進歩や国際的な合意を反映し続ける動的なフレームワークとなっています。
SBTi基準とガイダンスの全体像
SBTi基準システムの全体像はこちらの図で示しています。

多くの企業に関係する基準・ガイダンスは、大きく以下に分類されます。
①企業ネットゼロ基準(The Corporate Net-Zero Standard):
ネットゼロ基準は、企業が科学的根拠に基づいたネットゼロ目標を設定するために必要なガイダンス、基準、推奨事項を提供しています。
主要な基準・ガイドラインは以下となります。
- 企業ネットゼロ基準(SBTi Corporate Net-Zero Standard)
- 企業ネットゼロ基準要件(Corporate Net-Zero Standard criteria)
- 企業短期要件(Corporate Near-Term Criteria)
- ガイド入門(Getting Started Guide V1.1..)
②金融機関ネットゼロ基準:
金融セクターは資金の流れを通じて実体経済に大きな影響を及ぼすため、特に厳格な基準が設けられています。つまり、金融機関の行動次第で他産業の排出削減を間接的に促進できる点が特徴です。
この基準は売上のうち5%以上を、融資・投資・資産運用・保険引受・資本市場活動のいずれか単独の金融活動から得られている企業に適用されます。なお、実体経済の企業(例:自動車メーカー)が、自社の製品に付随する金融サービス(ローンやリースなど)から売上の5%以上を得ている場合でも、その金融活動に伴う排出はすでにScope1・2・3(カテゴリ1–14)の目標に含まれているため、この基準の適用は必須ではなく推奨にとどまります。
現時点(2025年9月)で公表された基準は以下です。
- 金融機関短期要件(Financial Institutions’ Near-term Criteria, Version 2.0)
- 金融機関ネットゼロ基準(Financial-Institutions-Net-Zero-Standard.pdf)
③セクター別基準:
SBTiは、特に排出量の多い産業(セメント、鉄鋼、電力など)向けにセクター別ガイダンスを策定しており、企業は自社の業種特性に即した方法でSBTを設定できます。セクターの数が多く、それぞれの基準開発状況も異なるため、体系的に把握しておくことが重要です。セクター別基準の全体像については、次のセクションで詳しく紹介します。
④補足ガイダンス(Supplementary guidance):
SBT設定を補助するための追加的なガイダンスも整備されています。現在公表されている代表的なものに、以下があります。
- サプライヤー・エンゲージメントガイダンス(Supplier-Engagement-Guidance.pdf)
- バリューチェーン外での緩和に関するガイダンス(Beyond Value Chain Mitigation Guidance)
セクター別基準の意義と最新状況
①なぜセクター別基準が必要か?
温室効果ガスの排出構造は産業によって大きく異なります。たとえば:
- セメント産業は化学反応起因のプロセス排出が大部分を占める
- 電力セクターは燃料転換や再エネ導入の影響が支配的
- 航空・海運など輸送セクターは国際的規制や技術革新に強く依存
このため、「一律の削減率」ではなく、セクターごとに科学的に妥当な削減パスウェイを定義する必要があります。SBTiが提供するセクター別基準は、こうした業種特性を踏まえて企業に具体的な道筋を示すものです。
さらに、このガイダンスは各産業のニーズや状況に合わせて設計されており、企業がネットゼロに整合した意欲的かつ実現可能なSBTを策定できるようにするものです。
②セクター別基準の全体像
セクター別ガイダンスは、各産業に特化した削減経路や計算方法を定めるものであり、SBTを設定する企業にとって「どの基準に従えばよいか」を判断する重要な手がかりとなります。
ただし、セクターの数は多く、基準開発の進捗状況も「公開済み」「改訂中」「開発中」「停止中」といった具合に大きく異なります。さらに、あるセクターでは「必須(Required)」として明確に遵守が求められるケースもあれば、「推奨(Recommended)」にとどまるケースも存在します。
以下の表は、2025年9月時点でのセクター別基準の適用状況を整理したものです。
| セクター | サブセクター | セクター別スタンダード使用の要否 | 使用すべきリソース | ステータス |
|---|---|---|---|---|
| 建築環境 | 建築物 | 基準を満たす企業に必須** | SBTi-Buildings-Criteria.pdf | 2024年8月公開 2025年6月更新 |
| 森林・土地・農業 | FLAG | 基準を満たす企業に必須 | SBTi-FLAG-Guidance.pdf | 2023年12月公開 |
| 金融機関 | 金融機関(短期要件) | 基準を満たす企業に必須 | SBTi-Financial-Institutions’-Near-term-Criteria, Version 2.0 | 2024年5月公開 |
| 金融機関(ネットゼロ) | 基準を満たす企業に必須 | Financial-Institutions-Net-Zero-Standard.pdf | 2025年7月公開 | |
| 産業 | セメント | 推奨* | SBTi-Cement-Guidance.pdf | 2022年9月公開 |
| 化学 | 不要 | 企業短期要件または 企業ネットゼロ基準 | 開発中 ※パイロットテスト済み、パブコメレビュー中 | |
| 鉄鋼 | 推奨** | SBTi-Steel-Guidance.pdf | 2023年7月 公開 | |
| エネルギー | 石油・ガス | 不要 | 該当セクターは目標設定不可 | 停止中 |
| 電力 | 必須 | SBTi-Power-Sector-Net-Zero-Standard-Public-Consultation-Draft | 改訂中 ※2025年9月草案公開し、11月3日までパブコメ募集 | |
| 輸送 | 航空輸送 | 推奨* | 1.5C-Aviation-Interim-Technical-Report-Final.pdf | 2023年2月公開 |
| 自動車 | 不要 | 企業短期要件または 企業ネットゼロ基準 | 開発中 ※パイロットテスト中 | |
| 陸上輸送 | 基準を満たす企業に必須 | Land-Transport-Guidance.pdf | 2024年10月公開 | |
| 海上輸送 | 推奨* | SBTi-Maritime-Guidance.pdf | 2023年5月 公開 |
注釈
* セクター別リソースの使用が推奨されているものの必須ではない企業は、代わりに企業短期要件または 企業ネットゼロ基準を用いて目標を設定することができます。
** SBTiの「Steel Guidance」における適格基準を満たす企業は、「Steel Guidance in Brief」の2ページに要約され、30~33ページで説明されている コア・バウンダリー・アプローチ を使用する必要があります。
なお、リストに含まれていないセクター、またはセクター別基準がまだ最終化されていないセクターの企業は、SBTiの企業短期要件や企業ネットゼロ基準を用いて目標を設定する必要があります。
現在進行中のプロジェクト
セクター別基準の一覧で見たように、各プロジェクトの進捗は「公開済み」「改訂中」「開発中」などバラバラです。SBTiは目標の検証のための標準業務手続き(Standard Operating Procedure for Development of Standards)に基づき、技術的な作業計画とタイムラインを公開しており、その進行状況は四半期ごとに更新されます。
日本の産業構造を踏まえると、自動車、電力、鉄鋼、化学といったセクターは影響度が大きく、改訂の方向性を早期に把握しておくことが重要です。
現時点(2025年9月)で進められている主なプロジェクトは以下の通りです。
| プロジェクト名 | プロジェクト種別 | 開始/予定時期 |
|---|---|---|
| 企業ネットゼロ基準 | 改訂 | 2024年第2四半期 ~ 2026年第1四半期 |
| 化学セクター基準 | 新規開発 | 2024年第2四半期 ~ 2025年第3四半期 |
| 自動車セクター基準 | 新規開発 | 2024年第1四半期 ~ 2026年第3四半期 |
| 電力セクター基準 | 新規開発 | 2024年第2四半期 ~ 2026年第4四半期 |
| アパレルセクター基準 | 新規開発 | 準備段階(開始時期未定) |
まとめ
SBTi基準は、世界の科学的知見や国際基準の進展を踏まえて定期的に改訂されます。すでに多くのセクターで具体的な基準やガイダンスが用意されており、企業は「自社に適用される基準がどれか」を正しく把握することが必要です。さらに、スタートガイドなどの補足資料を活用することで、基準の理解と適用を円滑に進められます。
日本企業にとっては、グローバル市場でのプレゼンス維持や調達先としての選好性確保において、SBT認定が事実上の必須条件となりつつあるといえます。単なる遵守にとどまらず、いかに早く、いかに効果的に対応できるかが将来の競争優位を左右する鍵です。特にサプライチェーンや輸出市場においては、SBT認定の有無が取引条件や競争力に直結する局面が増えています。
企業は、最新動向を定期的にキャッチアップし、目標の早期設定や改訂に積極的に取り組むことが、国際的な信頼確保と持続的な成長の前提条件となります。
出典
SBTi公式サイトAmbitious corporate climate action – Science Based Targets Initiative
Standards and guidance – Science Based Targets Initiative
SBTi-Procedure-for-Development-of-Standards.pdf
