Scope3におけるサプライヤーエンゲージメントの進め方:算定結果と排出削減を結びつける実務のポイント
目次
本記事は、Scope3/サプライチェーン排出量を体系的に整理するシリーズの【実務編|サプライヤーエンゲージメントの進め方】 に位置づけられる記事です。
Scope3算定を進める中で、サプライヤーとの連携(サプライヤーエンゲージメント)が次の論点として浮上する企業は少なくありません。
一方で、
- どの段階で着手すべきか
- 何を目的に行うのか
- どこまでを実務として求めるのか
が整理されないまま、対応に悩むケースも多く見られます。
本記事では、Scope3算定におけるサプライヤーエンゲージメントを「実務の進め方(How)」に限定して整理します。
※サプライヤーエンゲージメントを*なぜ必要とするのか/算定全体の中でどう位置づけるのか、といった考え方については、こちらの記事で解説しています
Scope3算定をどう設計するか~排出削減の取り組みと算定結果を結びつける考え方
Scope3におけるサプライヤーエンゲージメントとは
Scope3におけるサプライヤーエンゲージメントとは、自社の調達先・取引先と対話・連携しながら、温室効果ガス(GHG)排出量の把握や削減に取り組むことを指します。
重要なのは、単なる排出量データの提出を求める取り組みではないという点です。
実務上は、
- 排出量算定の考え方を共有する
- 削減に向けた取り組み状況を把握する
- 将来の算定や説明に反映できる情報を整理する
といった、中長期的な関係構築を含みます。
なお、「サプライヤーエンゲージメント」という言葉は、人権や調達方針、品質管理など、Scope3以外の文脈でも用いられますが、本記事ではScope3算定・排出削減に関わる取り組みに限定して扱います。
なぜScope3算定でサプライヤーエンゲージメントが実務論点になるのか
Scope3の中でも、多くの企業で排出量が大きくなるのがカテゴリ1(購入した製品・サービス) です。
このカテゴリでは、
- 排出の実態が自社の外部にある
- 金額ベース原単位による推計が中心になりやすい
という特徴があります。
その結果、
- 排出削減の取り組みを行っても算定結果に反映されにくい
- 排出量の増減理由を説明しづらい
といった課題が顕在化し、サプライヤーとの連携が実務的な次の一手として検討されます。
※Scope3算定がなぜ難しいのかという背景については、こちらの記事で整理しています。
Scope3算定はなぜ難しいのか 〜有価証券報告書・SSBJ開示で説明が難しくなる理由
サプライヤーエンゲージメントは「最初にやること」ではない
実務でよくある誤解が、「Scope3算定=サプライヤーからデータを集めること」という理解です。
多くの企業では、次のような流れを踏んでいます。
- 環境省データベース等を用いて、Scope3全体を俯瞰的に算定
- 排出量の分布や、重点カテゴリを把握
- 排出削減や説明の観点で課題となる領域に気づく
サプライヤーエンゲージメントは、この後に検討される実務です。
Scope3の定義や算定対象については、こちらの記事を参照ください。
実務としてのサプライヤーエンゲージメントの進め方
① 対象サプライヤーの整理
すべてのサプライヤーを一律に対象とする必要はありません。
- 排出量への影響が大きい
- 将来的に削減施策を検討している
- 中長期的な取引関係が見込まれる
といった観点で、対象を段階的に整理することが現実的です。
② 目的の共有(データ取得ありきにしない)
サプライヤーに対しては、
- なぜ情報が必要なのか
- どのように算定や説明に使うのか
- 現時点でどこまでを求めているのか
を明確に伝えることが重要です。
排出量データの提出だけを目的にすると、双方にとって負担が大きくなり、継続性を損ないます。
③ 取得する情報の考え方
初期段階から、製品単位の詳細なCFPや高精度な一次データを必ずしも求める必要はありません。
まずは、
- 排出量算定の考え方
- 削減に向けた取り組みの有無
- 将来的な改善余地
といった定性的な情報も含めて整理することが有効です。
④ 算定結果・排出削減施策との接続
サプライヤーから得た情報は、
- 算定結果の解釈
- 排出量増減の説明
- 削減施策の検討
と結びつけて初めて意味を持ちます。
どの論点で使う情報なのかを意識しながら整理することが重要です。
実務としてサプライヤーデータをどう扱うか: 将来の説明・第三者保証を見据えた整理
サプライヤーエンゲージメントを進める中で、「サプライヤーから提供された排出量データを、 カテゴリ1の算定にどのように使うべきか」という実務的な論点が浮かび上がります。
将来的に算定結果を社内外へ説明していくことを考えると、その扱い方をあらかじめ整理しておくことが重要になります。
現時点では、GHGプロトコル、SSBJ基準、保証業務に関する国際基準(ISSA 5000 等)のいずれにおいても、サプライヤーから提供されたデータをScope3(カテゴリ1)の算定に用いること自体が一律に否定されているわけではありません。
実務上重視されるのは、
- データの出所が明確であるか
- 算定方法や前提条件が整理されているか
- 推計値とサプライヤーデータの位置づけが説明できるか
といった、算定プロセスの透明性と一貫性です。
そのため、
- 初期段階では、金額ベース原単位等による推計を中心に算定
- 重点カテゴリについて、サプライヤーデータを補完的に活用
- 将来的には、説明力を高める目的で精緻化を検討
といった形で、第三者保証を担う機関と相談しつつ、段階的にサプライヤーデータを活用していく企業が多いようです。
サプライヤーエンゲージメント実務で注意すべきポイント
- サプライヤーデータを使うこと自体を目的にしない
- サプライヤー側の理解度・負担を考慮する
- 一度で完成させようとしない
サプライヤーエンゲージメントは、段階的に深めていく取り組みであり、算定高度化そのものを目的にするべきではありません。
まとめ:サプライヤーエンゲージメントは「設計を実行に移す実務」
Scope3算定におけるサプライヤーエンゲージメントは、単なるデータ収集ではありません。
算定結果と排出削減の取り組みを結びつけ、将来の説明や第三者保証も見据えた実務上の重要な手段です。
一方で、初期段階から保証を過度に意識しすぎると、実務が前に進まなくなるリスクもあるため、算定フェーズに応じた現実的な対応を積み重ねることが重要です。
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- 実務編|Scope3におけるサプライヤーエンゲージメントの進め方:算定結果と排出削減を結びつける実務のポイント(本記事)
出典
- GHG Protocol Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard
https://ghgprotocol.org/corporate-value-chain-scope-3-standard - 環境省 サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出量算定
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate_03.html - サステナビリティ基準委員会(SSBJ)サステナビリティ開示基準
https://www.ssb-j.jp/jp/ - IAASB ISSA 5000(International Standard on Sustainability Assurance)
International Standard on Sustainability Assurance 5000, General Requirements for Sustainability Assurance Engagements | IAASB
